高校2年、リカの場合

2012/02/16

リカが中学生だったころ

こころのコンシェルジュ 万引きや家出など非行傾向のある
小・中学校女子を対象としたダンス教室を
行っているところでのお話です。
みんなそこを「センター」と略して呼んでいます。

このセンターで現在、ダンスレッスンの
アシスタントをしてくれている高校2年のリカ。
子どもたちから「リカ先生」と慕われている
彼女自身もこの教室の卒業生でした。

中学生の頃のリカは、
いわゆる「やる気のない無気力な子」でした。
学校には毎日のように遅刻し、
登校しても授業になかなか入らずエスケープの常習でした。
当然、成績は地面スレスレの低空飛行状態。
それでも、それ以上の非行行為に走ることはなく、
たとえ前日に夜の公園で仲間とおしゃべりに
夢中になって遅くなっても学校は欠席せず登校するなど、
彼女なりに一線を守った行動パターンのある子でした。

ダンスの助っ人

こころのコンシェルジュ そんなリカが中学2年生の秋に、
センターにやってきました。
発表会の出場者が足りず、
ダンス教室に通う友だちから
助っ人として誘われたのでした。
教室への参加の許可を得るため、
リカのお母さんと面接をすると、
日頃の行動に困っていたお母さんは
喜んで同意してくれました。
実は、リカは小学生の頃、
ダンスを習っていましたが、
中学生になり生活態度が悪いため、
やめさせられていたとのことです。

リカは、彼女の普段の姿を知る誰もが
驚くほど熱心に、ダンスの練習に取り組みました。
他の子どもたちも、リカに引きずられるようにして
がんばり、発表会は大成功でした。
会場からの拍手喝采をうけ、参加した全員が
誇らしげで、満足そうな笑顔をみせてくれました。

その発表会を最後にリカたちの学年の
ダンス教室は解散となり、リカは3年生になりました。

「勉強を、教えてほしい」

こころのコンシェルジュ そして12月のある日。リカが突然、
ひとりでセンターに現れました。
「公立高校に行きたいので、
勉強を教えてほしい」と言うのです。
実は、ダンス教室最後の日に、
「その気があるなら、ここでも勉強できるよ」と
伝えていたのを、リカは覚えていたのです。

リカの家庭は貧しく、私立高校に行く余裕はありませんでした。
リカの様子からは「公立でないと、高校に行けない」という
強い思いと切迫感が感じられました。
リカの話をじっくりと聞きました。
公立高校への進学を希望するなら、
内申点を上げることが大切であると説明し、
「毎日遅刻せずに登校してすべての授業に参加し、提出物を出すこと。
それがここで学習支援を行うための条件です」と提案しました。

リカは真剣な表情で、「わかった」と短く答えました。

「あかん、やばい!」

それから、リカは週に1回通い続けました。
遅刻せず、授業をエスケープせず、
提出物もきちんと出すなど、約束もしっかりと守っていました。
2月半ば、公立高校の前期試験の合否発表の日でした。
リカが蒼白な顔で「あかん、マジでやばい......」と、
センターに飛び込んできました。
結果は不合格でした。
現実の厳しさを肌身に感じたようです。

落ち込むリカにしばらくつきあった後、
「で、どうする?」と聞きました。
リカは決意したように、こう答えました。
「1ヵ月後の後期試験の日まで、毎日ここで勉強する」。
それから特別にリカのために勉強机を用意しました。
基本的には自習とし、わからないところは職員に質問することとしました。
実際に毎日通い、とても熱心に取り組みました。

そして運命の日。後期試験の結果、めでたく合格通知を手にすることができたのです。

こんなにがんばりのきくリカなのに、
中学の大半を無気力に過ごしたのはなぜだったのでしょう?

「がんばる意味がわからへんかった」

高校入学後も、リカは時折センターに来て、
遅刻せずに登校していることや、
またダンスを習い始めたことなどを報告してくれました。

ある時、リカに質問を投げかけてみました。
「今は遅刻もせず授業に入っている。
中学のときにそうしなかったのはどうして?」
リカは、涼しい顔で「がんばる意味がわからへんかってん」と答え、
次のようなことを話してくれました。

新学期を迎えるたびに、
初めのうちは「がんばろう」と努力するけど、
中学の授業のスピードが速く、内容はわからないし、
書字スピードが遅くノートをとるのも間に合わない。
他の子の手前、いちいち消すのを待ってもらったり、
先生に質問したりもできず、そのうちに似たようなタイプの子とエスケープをするようになった。
そういうことを繰り返しているうちに、
「絶対に失敗するのに、なんで頑張らないといけないのか?」という思いになったと言います。
続いて、「受験前にどうしてセンターで勉強することにしたの?」と聞きました。
リカは、少しはにかんで「なんか、ここが好きやねん」と答えました。

トンネルを抜けたら

ちなみに、リカは今もノートをとることに苦労しているようです。
しかし、今では先生が黒板を消そうとするときに
「待って」と言えるようになったそうです。
高校入学後、お小遣いとダンスのレッスン費用を捻出するため、
近所のラーメン屋でアルバイトも始めました。
最初は言葉遣いなど注意されることもありましたが、今では店長から頼りにされているようです。

そして、センターでのダンス教室のアシスタント。
小中学生だけだとマッタリしてしまう雰囲気も、
高校の授業やアルバイト、自分のダンスレッスンの合間を縫って、
リカ先生が参加してくれることで、ピリッと引き締まった練習になります。
かつての自分に似た小中学生たちを見るリカのまなざしは、
もうずいぶん大人に近づいているようでした。

著者:臨床心理士 衣斐哲臣