中学1年、マサキの場合

2012/02/16

問題行動

こころのコンシェルジュ 中学1年生のマサキ(仮名)が、
両親と学校の先生につれられて
相談に来たのは夏休みの終わり近くでした。
相談内容は、学校をサボって登校しない、
深夜に遊び歩く、無断で外泊する、などの
問題行動や不良交遊を止めたいとのことでした。

小柄であどけなさの残るおとなしそうな子でした。
しかし、その顔は、一見して
わかるほどに痛々しく腫れていました。
10日ほど前、つきあっていた
先輩グループに呼び出され、
態度の悪さを理由に集団リンチを受け、
朝まで監禁されていたといいます。

集団リンチ

小学生の頃から勉強は苦手でズル休みもありました。
中1になり、怠学、茶髪、喫煙、深夜徘徊などの
遊び型の非行に走りました。
たいていは先輩の言いなりで、
マサキも最初はそれを楽しんでいました。
昼まで寝て、夕方から行動するなど生活が乱れ、
親や教師が注意しても変わりません。
父親が殴ることもありました。
夏休みに入り無断外泊を繰り返し、
母親が居場所を突き止め、むりやり連れ帰りました。
先輩との関わりに疲れていたマサキにとって、
内心ほっとすることでもありました。

その後は、別の仲間と遊び、
定時に帰宅するようになりました。
しかし、先輩が家に来る、
無言電話がかかるなど仲間の誘いは執拗でした。
そんななかで起きた集団リンチでした。

両親は心配と憤りで
すぐにでも被害届を出したかったのですが、
マサキが絶対にやめてと言うため、
警察に届けずにいました。
先輩からの報復が恐いのと、
これでグループから抜けられるという気持ちがあったようです。

心の痛み

しかし、この事件以来、マサキはおびえて家から一歩も出られません。
悪夢も見ます。
両親は、今の様子ではまた非行仲間に引っ張られるか、
新学期に登校しないのでは ないか、と懸念を示しました。
マサキの両親は、とても子ども思いでした。
ただし、いざけじめをつけるとか、
子どもをきちんとコントロールするとかの場面になると
両親間で一致せず、注意や叱責をしながらも
問題行動が繰り返されていました。
マサキも自分の判断で行動するより、
人に引っ張られ楽なほうに走ってしまっているようでした。

この家族のあり方に、一石を投じる必要がありました。
まずは、日頃の非行行動はさておき、
リンチを受け監禁されたマサキの恐怖や痛み、
そして両親の心配と憤りを全面的に受け止めました。
マサキの傷と心の痛みを癒やすことが大事であると話し、共有しました。
警察への届けも当然のこととして強くすすめましたが、
結局、保護者の判断で子どもの気持ちを優先させ、届けは見送られました。

「ビビリ」と「サボリ」

新学期が始まりました。
マサキは、案の定(?)登校していませんでした。
この状態を、親や先生はすでに『サボリ』と
とらえ始めていました。
そこで、マサキに現在の心境を聞きました。

〈先輩がこわくて登校できない『ビビリ』の気持ちと、
単に『サボリ』の気持ちの割合はどのくらいだと思う?〉
「えーと......、6対4」と答え、
学校へは「行かなければならないと思っている」と小声で話しました。

〈もっと『ビビリ』の気持ちが強いと思ってたよ。
そこまで回復してるなら、次へ進めようか〉と言い、
実際の登校に向けた応援体制について皆で話し合いを始めました。
すると、とたんに現実感が強まったのか
「やっぱり、100%近くビビリ...」と、マサキが言い出しました。
それを聞き、父親は「行ってみないとわからんやないか!」と
ゲキを飛ばし、母親は「いっぺんに無理よ!」とかばいました。

作戦会議

〈そうですよね。実際行くとなると、
もし先輩が言い寄ってきたらどうするか、
勉強がわからずいやになったらどうするか...
など心配は尽きませんよね。慎重な対応が必要ですよね。
先生の協力もお願いしたいところです。どうですか?〉

もちろん、先生は了解です。
両親も同意です。そこで、具体策を提案します。
〈いいかい、マサキ君に試してほしいことがある。
それは、きちんとビビリながら行ってみること。
急に真面目になっても続かないし、先輩の反感を買うかもしれない。
元気すぎると懲りていないと思われる。
正直にビビリながら、周りの様子をうかがい、
おとなしくしていること。それを実行してみてほしい〉

この提案をさらにかみ砕いて説明し、
具体的な場面を想定してロールプレイを行いました。
先生が先輩役をやり、学校でマサキと出会い連れ出そうとします。
マサキはドギマギしながらも誘いを断り続けました。
うまい演技です。
〈そう、いいビビリ方だね。その調子でやろう。
それでも相手がしつこいときは先生に頼ること〉と賞賛しました。

人の善い両親

それでも、マサキは渋っていました。
再び、ゲキを飛ばしそうな父親と不安そうな母親が顔を出します。
3人の気持ちを受け止め、
両親には朝起こすために協力する方法を具体的に示し、
マサキにはトライする日を決めさせました。
先生は「朝、迎えに行ってやるよ」と助け船を出しました。
マサキは受け入れながらも、
「でも、絶対行けるとは言えないよ」と言いました。
〈そりゃあそうだね。がんばろう〉と受け止め押し出しました。

こういう場合、よくあるのが親のほうが
葛藤回避をしてしまうことです。
子どもの言動に左右されて、
せっかく決めたことが実行できません。
人の善い親にありがちです。
この両親もその典型です。
そのために、親にも具体的な場面を想定して、
子どもの抵抗にどのように対応するかを練習します。
朝起きないときの起こし方、登校渋りへの対応策、弱音の受け止め方などです。
両親が協力し結束することが不可欠です。
マサキの両親にも、優しくしつこくハッパをかけました。

家族の結束

そして、約束の初日、両親は結束しました。
渋るマサキを起こし、迎えに来た先生に託しました。
当初、登校時のマサキは、
本当にかわいそうなほどビビっていました。
それを先生がフォローし応援しました。
約束通り午前中だけ登校する日々が続き、
やがて自分一人で登校できるようになりました。

しかし、だんだんと怠学や早退が増え、
自転車窃盗などの問題行動を起こすようになりました。
こうした再発は想定内のことです。
再度両親に働きかけ、マサキに対する規制を強めました。
家族の強い結束が、マサキの頑張りを支えたのです。
 
今後もきっと、この家族はいくつかの危機に直面し、
そして乗り越えてしていくことでしょう。
子どもの問題行動の出現が一つのチャンスとなり、
子どもや家族が成長していく姿を見せてもらえることは、
こころのコンシェルジュにとって密かな楽しみでもあります。

監修:臨床心理士 衣斐哲臣