小学3年、伸介の場合

2012/02/16

言うことを聞かない伸介

こころのコンシェルジュ 小学3年生の伸介(仮名)が、
母と一緒に相談室にやってきました。
相談内容は「言うことを聞かずやりにくい」と
いうことでした。

最初は、おとなしかった伸介ですが、
時間がたつと反抗を見せ始めました。
母をにらみつけたり、母の腕を叩いたり、
テーブルの下に座り込んで持ってきたゲームをしたりします。
私の問いにも答えようとしません。
母は顔をしかめ、「痛いからやめなさい」、
「ちゃんと座って答えなさい」と
注意を与えますが、かえって伸介は
横から母の足を蹴ります。

「いやなことを言われるといつもこうなんです」と、
母は伸介をにらみつけます。
伸介は、母を無視して何食わぬ顔でゲームをしています。

母子バトル

こころのコンシェルジュ どうやらこの母子の間では、母の指示に子が反抗し、
子の要求に母が批判するという
対立的なコミュニケーションが日常的に起こっているようです。
これでは、母子とも疲れるし、
おたがいに楽しいはずがありません。
しばらく母子で通所してもらうことにしました。

数回目の相談日のことでした。
私と共同援助者が入室すると、
母と子がつかみ合いのバトルを繰り広げていました。
子が母を叩く、蹴る、母が「やめなさい」と止める、
子がさらに叩く、母が応酬する、......。
伸介は母の服をつかんで離さず、
母も明らかに余裕をなくしています。
バトルの理由もわかりません。
完全に、2人で興奮モードに入っています。

私が割って入り、力づくで母子を離し、
母と共同援助者を別室へ行かせました。
すると、伸介の興奮はそのまま私に向けられます。
ひっかく、蹴る、噛む、頭突き...など、遠慮なくやってきます。
後ろから抱えて床に座り込み、双方がケガのないように
両手足と頭をブロックします。しかし、なお興奮し抵抗します。
伸介よりも少しだけ強い力でブロックし、抵抗を抑制します。
すると、再度渾身の力で攻撃が始まります。

ガチンコ勝負!

(そんなに力を入れなくても大丈夫。
そっちが入れたら、こっちも力を入れないとあかんようになる!)
(痛いよ!爪を立てるなよ!)
(押すなって。こけると危ないって)
(よし、しばらくおとなしくしてよ)
(こらっ、噛むのは反則や)
......などと状況に合わせた言葉を添えながら、
伸介の興奮がしずまるのにつき合います。

伸介から、やりとりの言葉はなく、無言のままです。
そのうち少し鎮静します。
そう思って抑制をゆるめると、再攻撃がきます。
伸介自身、興奮のしずめ方や
引き際がわからないようです。

再度、伸介の力に反応する形で、
少し強めに抑制をかけました。

すると......。
「痛い、...もうしないから離せ!」。
伸介から、初めて交渉の言葉が出ました。

伸介の興奮を鎮めることはできたのでしょうか?
続きは7月末ごろに掲載する予定です。
おかあさんの保健メールでお知らせします。

25分間の戦い

こころのコンシェルジュ <あかん、離したらまた暴れるやろ!?>と、応じます。

 「暴れない!」・・・<信用できん!>
 「信用しろよ!」・・・<できん。離したらまた噛みつくやろ?>
 「噛みつかへんわ!」・・・<ウソや!お母さんにも噛みつくそうやないか!>
 「噛んでも本気と違う」・・・<本気じゃなくても痛い!>
 「痛くないわ」・・・<そっちが痛くなくてもこっちが痛いんだよ>
 「本気ちがうわ」・・・<あなたに、かげんがわかるのか?>
 「わかるわ!」
立派に会話です!その分、興奮が鎮まってきました。
<じゃあ離すからもうするなよ、
あなたがしたらまたこっちもせんとあかんからな!>

そう言いながら、注意深く手を離します。
...と、それ以上に暴れる気配がありません。
この間25分。ようやく体が離れました。

大人にコントロールされる体験

こころのコンシェルジュ その後の伸介の表情は、すっきりして晴れやかでした。
伸介にとっては、自分ではどうにもならない興奮を
鎮めてもらった、ちょっといつもと違う心地よさのある
体験だったのでしょう。

ちょうど、子どもが2歳の頃に、自分の我を通して
かんしゃくを起こすことがあります。この時期に、大人が
子どもの感情を受け止めて、上手にかんしゃくをおさめて
くれたという体験は、その後の子どものセルフコントロールの
もとになっていきます。子どもにとって、信頼できる大人から
心地よくコントロールされる体験はとても大事です。

伸介には、そんな心地よさの体験が
少なかったのかもしれません。

「力でねじ伏せている」わけではない

こころのコンシェルジュ 母に伸介の小さい頃からの様子を尋ねてみると、
案の定、伸介のかんしゃくを持て余してきたことが話されました。
だから、今、それをやり直す関わりが必要だったのです。

その後の通所指導のなかで、似たようなガチンコのやりとりをいくつかしました。
そんなことを繰り返すうちに、徐々に、母に対しても無茶をいわなくなり、
我慢をしたり、折り合いをつけたりができるようになりました。
母もエスカレートするやりとりに入ることが少なくなり、少しずつ
晴れやかな表情になっていきました。

なお、ここで言うガチンコは、決して相手を力でねじ伏せるとか、
打ち負かせることではありませんから、ご家庭での安易な対決を
お勧めするものではありません。
小さなことであっても繰り返されている問題行動のパターンを変えることは、
それほど簡単ではありません。
専門家である第三者に助言をもらいながら取り組むことが必要です。

監修:臨床心理士 衣斐哲臣