体調が悪くて学校にいけない!
新学期が始まって早々の4月、高校3年生のみゆきが母親に連れられて相談にやってきました。
三つ編みの黒いおさげ髪と、生徒手帳の服装規定を
全て守っているのだろうなと思わせる制服の着こなし。
とっても真面目そうな子です。
しかし、うつむき加減の顔からは思い詰めた表情が読み取れます。
母親がみゆきに気づかいながら、経過を話してくれました。
昨年の夏の終わりに風邪をひいて以来、体調の悪い日が続き、
発熱や腹痛、全身倦怠感を訴えて学校を休むことが多くなりました。
楽しく頑張っていたテニス部も、他の子に迷惑がかかるからと言って
やめてしまいました。
とくに朝がしんどいようで、2年生の終わり頃からほとんど
学校に行けていません。何とか進級させてもらったものの、
このままでは卒業が難しいと言われています。
病院では、精神的な問題と言われ胃腸薬をもらうだけでした。
父親は、みゆきの小さい頃に亡くなっています。
高校卒業は、もういいの
「母親思いの本当にいい子なんです。高校だけは卒業させてやりたくて病院の紹介でここに来ました」
と、優しく母親は話しました。
みゆきは、うつむいたまま黙っています。
筆者が〈みゆきさんもそう思ってる?〉とたずねると、
長い沈黙の後、消え入るような声で「いえ、もう、いいんです」
と一言。そしてまた、貝のように口を閉ざします。
そのとき筆者には、彼女の中にある膨らんだ風船が、
また一段と膨らんだように見えました。
その風船は今にも破裂しそうになっています。
全然「もう、いい」などという状態ではないはずです。
おそらく誰も傷つけないように生きてきたであろう
彼女にならって、筆者も傷つけないように
自分の中に浮かんだ表現を使って話しかけました。
持ってる袋は、もうパンパン!
「みゆきさんはずっとがんばって、頑張ってきて、持っている袋にはもうこれ以上入らないっていうくらい
荷物がギューギューで、風船だったら触れるだけで
破裂しそうなほどパンパンになっているんじゃないかな...。
中身を外に出さないといけないとは思う、
けど、いったいどうすればいいかわからない。
このままいろんなもの詰め込み続けたら
壊れる!無理だぁ!って、
身体が教えてくれているんだとしたら、
それをみゆきさんがしんどいって感じられたのは
本当にすごいことだよね...」
...そんな話に、みゆきも母親もいつしか静かに涙を流していました。
一風変わった課題
そして、しんどいのは「いけないこと」じゃなくて「すばらしいこと」、
周りの人にしんどいことを「我慢して隠す」のではなく
「知ってもらって、普通に心配してもらう」のはいいこと、
卒業するためには「休まず頑張って行く」のではなく
「頑張って休んで卒業ギリギリラインの出席で行く」こと、
などを3人で確認することができました。
さらに、みゆきと一緒に1~2週間ごとの『欠席・欠課計画』を作り、
各科目の欠席率をだいたい一定に保てるような計画を立て、
実行してもらうように励ましました。
母親には、朝「学校に行けるか行けないか」は聞かず、
普通に彼女の体調の心配だけして仕事に行ってもらうこと、
そして、卒業ギリギリラインの要件を学校に
きちんと聞くことという重要な任務をお願いしました。
その後、この一風変わった課題に戸惑いつつも、
2人は真面目に取り組みました。
迷惑をかけるから行けないと言っていた海外の修学旅行も、
友だちや先生に普通に心配してもらいながら行くことが
できました。こんな感じで続けると卒業できるのかな?
...がなんとなく見えてきました。
みゆきの顔がいつもより少し上を向いています。
...と、そこへ母親が進路問題を持ち出しました。
オジギソウのみゆき
「今まで卒業できるかどうかばかり考えていたので、進路については全く考えていませんでした。
でも、できることなら資格をとってきちんとした仕事の
できるような学校に進んでもらいたいと思っているんです」
夫を早くに亡くし苦労してきた母親の言葉には、
静かながらも説得力があります。そのとたん、
みゆきの顔はオジギソウのようにすーっと下がります。
〈みゆきさんは、どう?〉とたずねました。
コンシェルジュの問いに、みゆきは大きく息をして
決心したようにすくっと顔を上げ、
「アニメの専門学校に行きたい」と答えました。
すると、すかさず「でも、それでは食べていけないでしょう?」
と母親。
母親の言葉に、またもオジギソウはすーっとうなだれます。
この母親の言葉とオジギソウの様子を見たコンシェルジュは、
次のように話しました。
〈お母さんの言うことはもっともです。
子どもに苦労をさせたい親なんていません。
子どものためを思えばこそ苦言も呈しますよね。
そして反対に、そんな親心をわかってはいても、自分の
可能性にチャレンジしたいと自己主張するのが思春期の子ども
の姿です。子どもが成長するほど親子の意見は対立するのが
普通なんですよね...〉
またまたちょっと変わった課題
そして、母子に対し以下のようなお願いをしました。みゆきには、自分がどれくらい真剣に
「アニメの専門学校に行きたい」と思っているかを
あの手この手を使って、母親にアピールする課題。
母親には、これは子どもの自立のための訓練でもあるので、
そのアピールを聞いて簡単に説得されてしまわないように
ちゃんと抵抗する課題を与えました。
そしてコンシェルジュは、みゆきの自己主張のための
アドバイスをするが、どっちの味方でもないことを付け加えました。
その後、2人はまたこのちょっと変わった課題に
真面目に取り組みました。
みゆきは友だちと一緒にあちこちのオープンキャンパスに行ったり、
その中でも「これは...」と思うところに母親を招待(?)したり、
働いて自立している兄に口添えしてもらったり...と、
これまでにない積極さで母親に気持ちを伝える努力
をしました。
しんどいときは頑張って休む
コンシェルジュが次の面接時に、〈進路のことはどうなりましたか?〉とたずねたときには、
もう専門学校に入学手続きを済ませたとのことでした。
〈え~、本当にそんな簡単に許していいんですかぁ?〉
とおどけると、母親は
「はい、親子で一緒に決めたことですので...」
と笑顔で答えました。
寒い冬が過ぎ、桜の季節を迎え、
みゆきは無事に卒業・進学していきました。
蝉時雨のうるさいある午後の日、一通の手紙が届きました。
「あの頃が信じられないくらい元気に楽しそうに
専門学校に通っています。思えば、
私も頑張らなければという気持ちばかりが先行して、
子どもにもプレッシャーを与えていたと思います。
体のしんどさをわかることがすばらしいとか、
ギリギリの卒業狙いがいいとか、などということは
私たちには到底思いつかないことでした。
でも、それでもいいんですね。
楽しそうな子どもを見ててそう思っています。
2人で、これからもしんどいときは頑張って
休むようにしたいと思います(笑)」
という母親の文章とみゆきの描いたかわいいイラスト。
そして、セミロングの茶髪とまっすぐ前を向いた
ステキな笑顔のみゆきのプリクラが入っていました。
監修:臨床心理士 衣斐哲臣