試験になると頭がまっ白!
夏休みも終わりに近づいた8月の末、サヤカ(仮名、高校2年女子)が母と一緒にやってきました。
「試験の時、急に頭が真っ白になって何もわからなくなり、
ふだんの実力が発揮できない」という訴えでした。
大柄でショートヘア、地味な色のシャツとジーンズの男っぽい印象の子です。
一見して、動きがぎこちなくオドオドして、体全体に緊張と硬さが感じられました。
涙ポロポロ
問いかけに答えようとしますが、うまく言葉になりません。おまけに本人の意思と無関係に、ポロポロと涙がこぼれました。
自律神経が勝手に反応しているようです。
「そんなことがよくあるんです」と、
娘よりもひと回り小柄で真面目そうな母が、心配そうに説明しました。
家族は、他に父と祖母がいる4人家族です。
話を聞いていくと、サヤカの症状を皆が心配している優しい家族でした。
訴えの原因になるような出来事やそれらしき話はとくに聞かれませんでした。
どうしたらよいかわからない、先生お任せします、そんなふうな様子に見えました。
からだからのアプローチ
こういう場合は、言葉によるカウンセリングだけではたいていうまくいきません。コンシェルジュの経験上の臨床的直感です。
クライエントが悩んで来られていることは確かですが、それを心の問題として、いろいろ原因を探っていると、本人や家族もそう考えるようになります。
ああかもしれないこうかもしれないと、問題を巡るトークや原因探しの悪循環に陥っていきます。
そのつもりがなくても否定的な話になりがちです。
落ち込んでいる人をさらに落ち込ませる結果になりかねません。
下手をすると、援助者が協力して問題を作ってしまうことにもなります。
そうならないためには、枠組みを変えます。
たとえば、〈とくに子どもさんや家族に問題があるとは思えません、心の問題というより体の問題だと思われます、それならこんな方法があります〉と。
このときは、動作法という体からのアプローチを用いました。
"ガチガチ""コキコキ""ギシギシ"
母とサヤカには次のように話しました。〈心が緊張すると体も緊張する、逆もある、そして思春期という時期は心と体がアンバランスになりやすい、
対応としては無駄な力を入れずに適度な力で物事に取り組める方法やリラックス法を学べるといい、その方法として動作法がある〉二人は、すぐに賛同しました。
サヤカに自分の体に注意を向けさせたうえで、その部位を動かし、不具合を感じるところを聞きました。
見た目通りいくつか出てきました。「肩が痛い」「顎関節が痛くて口が大きく開けられない」「睡眠中に歯ぎしりがある」...。
それぞれ、"ガチガチ感""コキコキ感""ギシギシ感"などと名づけ、この体の感覚がどのように変わっていくかを今後一緒に見ていくことにしました。
からだのリラクゼーション
動作法はこのような体の不具合感を扱い、その人の体験に働きかけることを得意とします。
援助者が、サヤカの足の裏、足首、腰、背、肩などに補助的に触れながら、
緊張を共有し、そのうえで弛めるという課題に取り組みました。
最初、緊張部位の痛みを訴えたり弛め方がわからず戸惑いが
あったサヤカでしたが、徐々にラクになる感じや
すっきりした感じが得られました。
明後日から始まる試験時の対策として、
漸進的リラクゼーション(体の部位に力を入れた後、脱力する方法)を教示しました。
これを試験前に、みんなに気づかれないように密かに試みることを勧めました。
こんなやりとりに、サヤカはちょっと嬉しそうに取り組みました。
母は、それを横で心配しながらもお任せでじっと見守っていました。
劇的な変化
10日後、「真っ白になることなく試験を受けられた」と報告がありました。その他、「汗をかくようになった」「熟睡できた」
「お手伝いをしてくれるようになった」など、劇的な変化が母娘から出ました。
自律神経が正常に機能し、意欲も出てきたようです。
1回の動作法を介した面接だけでこんなに変わったのでしょうか?!
原因はわからなくてもよい変化があれば、
〈どんな工夫をしたの?〉と本人たちの力や努力に帰因させて聞きます。
母子は、前回の動作法とは別に、
あるテレビ番組をヒントにした
リラクゼーション法も取り入れたとのことでした。
それを両親も一緒にやっているとのことです。
そんな素敵な家族交流には、素直に「すばらしい!」と絶賛します。
その後、動作法を含め数回面接を行いました。
ガチガチ感、コキコキ感、ギシギシ感もラクになり、
この表現も不要になりました。
心と体のバランスが、少しずつ修正されたようです。
体と心のアンバランス
サヤカはその後、高校を1年留年しました。そして、自分の能力に合った別の高校に編入しなおし、
対人援助の仕事をしたいと福祉系の大学を目指しました。
本人の悩みにつきあいながら家族はそれを見守っていました。
思春期は、一般的にも体と心のアンバランスさがとても顕著に
出やすい時期です。そこを修正していくのに、心から取り組むか、
体から取り組むかは二者択一ではありません。両方への配慮が
必要でしょう。そこに家族がうまく関わっていくと、このサヤカの
ケースのような展開もできるんです。それを教えてくれた、とても
優しい、いい家族でした。
*このケースは、
衣斐哲臣著「子ども相談・資源活用のワザ」(金剛出版)
の第15章で、より詳しく紹介しています。
監修:臨床心理士 衣斐哲臣